科学するTAMAGAWA 「学びの技」における一貫教育の特色を活かした"出前授業"の取り組み
玉川学園では、「幼稚部から大学・大学院まで、ワンキャンパスで行われる一貫教育」を最大の利点にして、学年を超えた教育活動を実践しています。その一つが、2014年度にスタートした、幼稚部から12年生まで「K-12」の各学年で展開している思考力育成をめざした「学びの技」です。今年度は「学びの技」の公開授業に際して、他のディビジョン教員による“出前授業”を行いました。
幼稚部から12年生までつながりのある思考力育成をめざした試み
玉川学園では、この秋に幼稚部から12年生の間で「出前授業」を行いました。これは、2012年度に発足した「K-12プロジェクト」の一つの分科会「K-12思考力育成委員会」が実施するもので、その目的について、同委員会委員長の伊部敏之教育部長(5-8年生)は次のように話しました。
「『学びの技』は、K-12の子供たちが課題について論理的に考え、相手に自分の考えを伝えるためのさまざまな思考方法「思考スキル」を、学齢に応じて養っていく授業です。最終的には、どの学年のどの教科でも、生徒が自主的に主体的に学べるようになることをねらっています。『学びの技』は、現在各ディビジョンで創意工夫をこらして進めていますが、思考力の育成はディビジョンごとの完結型ではなく、玉川学園のK-12一貫教育を通した育成をめざしており、つながりのある一貫したカリキュラムでなければなりません。そこで、各ディビジョンで作成したカリキュラムを見直し、つながりのある新カリキュラムを作成する計画です。そのヒントを得るために考えたのが、他のディビジョン教員による『出前授業』です。各ディビジョン間の連結学年を対象に、第1回目は上級ディビジョンの教員が下級ディビジョンで授業を行い、2回目はその逆パターンです。これにより、新しい発想のもとで授業が展開され、さまざまな発見と可能性が得られることを期待しました」。
「海の生き物」を仲間分けする園児の自由な発想
では、「出前授業」をご紹介しましょう。まず、来年4月に1年生になる幼稚部年長組で行った、2年生を受け持つ葛西宏志教諭の授業、「うみのいきものをしろう」。「うみのいきもの」を仲間分け(=分類)できるかを思考させるのが大きなねらいで、「寿司」をテーマにしたなじみ深いゲームの「神経衰弱」を行いながら、分類方法を考えるものです。「寿司ネタ」と「魚(魚介類)」を結びつけ、さらにはイルカやシャチなどの寿司ネタではない種類も加えて分類方法を考えます。1グループ3,4人の小グループに分け、「分類方法は園児の主観に頼り、教員からの誘導は控える」ことを徹底。園児たちがあれこれ思考を巡らしている所を葛西教諭が回り、「どうやって分けたの? 他の分け方もやってみようね」と声をかけ、次々と分類法を考えさせていました。
葛西教諭は、下級学年での授業について次のように話しています。「今回の授業は、水族館の見学に向けてのアプローチをしたいとの幼稚部の希望を受けて展開。園児を教えるのは初めてで、どのくらいできるか模索しながらの授業でした。しかし、年齢が上がるにつれて発想力は固定化されますが、園児は色やヌルヌル感などさまざまな視点から分類している。子供たちがもともと持っている発想や考えをくみ取ってあげられると、さらにおもしろい授業ができるのではと発見しました。それが後々、多面的に物を見たり、いろいろな思考ができることにつながるのではと思います。そのためには、思考スキルの育成とともに、教員側の発想力が重要であると出前授業から学びました」。
生徒の可能性にふれた低学年での国語授業
4年生のクラスへの出前授業は、5年生から8年生を担当する遠藤英樹教諭による国語です。5,6年次は今年度より国語の授業の中で言語技術を取りあげ、論理的思考・表現力を視点とした「学びの技」の授業を行っています。また、4年生までに思考ツールで分類する、比較する、多面的に見る学習をしているので、ツールを使わず頭の中で上手に整理しながら物事を考えさせることをねらいました。そこで「視点の移動」を取りあげて、状況に応じて自分自身の視点が変化すること、自分と他人の視点の相違を認識、理解させ、複眼的・多角的思考力、複眼的・多角的分析力を身につけさせることを目的としました。
授業では、導入に医師が子供の口の中を診ている絵を見せ、何をしているところかを考えさせ、子供の視点での表現、医師の視点での表現を発表。次に複数の人びとが登場する絵は、マンガのセリフを書き込む吹き出しが空白になっており、それぞれの表情からどんなことを考えるかを生徒に書かせました。最後に4年生で学習している題材「ごんぎつね」を取りあげ、本編に登場しない小鳥を使い、小鳥の視点から「ごん」や「兵十」はどう考えているかを引き出しました。授業を行った遠藤教諭は、「子供たちの発表から、学びの技がしっかり身についていることを感じられたのが収穫です。4年生だからまだ早いのではなく、子供たちの可能性をきちんと見極めて指導に活かしていきたいと考えています」。
上級学年で使用する高度な思考ツールにチャレンジ
8年生への出前授業は、9年生から12年生を受け持つ後藤芳文教諭と学園マルチメディアリソースセンターの伊藤史織司書教諭です。後藤教諭はこの出前授業について、次のように説明しました。 「9年生がいつも使用し、かつ汎用性の高いツールを考えて、『マインドマップ®』で授業することを決めました。マインドマップ®は、頭の中で考えたこと、発想を描くことにより、思考を整理、全体像の把握、記憶の定着などに活用することができるものです。これまでの経験から9年生の最初の導入時でも抵抗感なく取り組めるので、8年生でも可能と判断しました。まずマインドマップ®の使い方の説明を映像を見せて取りかかりやすくし、さらにスライドを用いて書き方を説明しました。メインのキーワードを間近に迫った『中間テスト』とし、テスト範囲をマインドマップ化することで試験勉強に役立ててほしいと考えました」。
映像での説明後、さっそく用紙とカラーペンが配布され描き込みが始まりました。どんどん言葉を描き込む生徒、何を描いてよいか迷っている生徒、さまざまです。戸惑う生徒には両教諭がヒントを与えて促し、また多く描き込んだ生徒の用紙をカメラで撮影してすぐにスライドで上映。他の生徒の参考となるように工夫していました。伊藤司書教諭はこの授業について「50分間の授業中に完成させることは難しいが、9年生とほぼ変わらないスピードで描き込んでおり、コツをつかんでもらえたと思います」と語り、後藤教諭は、「後日担任から聞いたことですが、中間テストだけでなく『委員会活動で使った』と報告する生徒がいたようで、手応えを感じました」と話します。
教科を横断し、園児、児童、生徒一人ひとりが考える授業の実現をめざす
3つの「出前授業」の実施により、K-12の一貫した育成や「学びの技」の可能性と課題について、各ディビジョンの教諭から話を聞きました。
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幼稚部・藤樫啓太教諭
「5歳児とはいえ45分間の授業を集中し、子供たちそれぞれが思考力を駆使できたことに、昨年からの子供達の著しい成長が見て取れました。幼稚部では『学びの技』を『チャレンジプログラム』として実施し、言語・数量・運動・自然と科学・特別活動の5領域で実践しています。一方、自分で考えて動くことを重視し、『遊びは学び』として、日頃の遊びの中からも子供たちの考えを引き出すように配慮しています。このようにチャレンジプログラムと遊びの2本の道筋での思考力育成をさらに充実させたいと考えています」。
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1-4年生担当 野瀬佳浩教諭
「1年生から4年生では『学びの技』を各学年で5時間を特設して思考力育成を実践しています。調べ方や考え方、伝え方の『型』は1年生からレベルに合わせた型を身につけ、次第に型を増やし、たくさんの型の中から自分で選び活用できるよう、スパイラルに育成していく必要があります。しかしその一方で型にとらわれるだけではなく、さらに型を破った自分らしさも出せるように育成していきたいですね」。
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1-4年生担当 葛西教諭
「調べ方、考え方、伝え方の『型』をしっかりと身につけさせることは重要ですが、自学自律の学習を掲げ、個性を尊重する玉川学園には根づいていないかもしれません。しかしながら、学びを深めるには型を身につけることも必要です。修得するレベルから、活用、探究へと系統化していくことが必要であり、そのための新カリキュラムのデザイン化は急務だと考えています」。
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5-8年生担当 遠藤教諭
「下の学年で出前授業を行い、思考力育成の下から積み上げてきたつながりを実感できたことは貴重な経験だと思います。スパイラルに上昇させていくことの大切さとともに、『型』をしっかりと身につけられるように完結させ、次の学年へステップアップさせることの重要性を感じています。それにはより子供たちの反応を引き出せる教材の選択と、子供たちの反応を見ながら実践していくことが必要だと思います」。
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9-12年生担当 後藤教諭
「現在でも1年生から12年生までそれぞれの学齢、学習の場面に応じて思考ツールを活用して学びの型を身につけていますが、スムーズにつながるようなカリキュラムとして構成できればよいと考えています。同時に、思考力の裏には探究心が必要です。すばらしいツールや型があっても、何かをやりたいという意欲がないと役に立ちません。関心・意欲を高めていく経験を積み重ねることは、将来のキャリアデザインにも大きく影響を及ぼします。探究学習を成立させるには関心・意欲が必要であり、型を身につけることで学びの内容が深まり、さらに関心・意欲が高まって次の探究学習へつながるという『循環』を期待したいと思います」。
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学園マルチメディアリソースセンター 伊藤司書教諭
「出前授業により、上級学年での学習を下級学年で実践できることを実感しましたが、これで終わりではなく、何度も繰り返し行うことで力として身につき、発揮できるようになるのではないかと感じました」。
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K-12思考力育成委員会委員長・教育部長(5-8年) 伊部教諭
「双方向の『出前授業』の実施では、どのクラスの子供たちも先生も違和感なく普通に授業ができたことに驚きました。各ディビジョンでの『学びの技』が定着してきたことの表れだと感じます。出前授業などさまざまな試みから得たヒントを活かして、2016年度中には新カリキュラムを完成させたいと考えていますが、数学の授業だからといって数学的見地からのみ捉えるのではなく、たとえば統計学で社会的現象等を含むように、他の教科と連携した考える授業を実現させていきたいと思います」。
最後に、渡瀬恵一学園教学部長が「出前授業」の試みについて総括しました。 「現在、文部科学省で進められている学習指導要領改訂では、各教科の本質を突き詰めたところに、教科に共通する汎用的な能力やスキルがあり、それらを育てようという方向に向かっています。その柱が言語技術であり、思考スキルです。玉川学園では、それらを育てる教育活動として「学びの技」を実践していますが、そのカリキュラムを特設の教科としてだけでなく、教科横断的にすべての教科の中でも育てること、さらに幼稚部から12年生までという、縦と横できちんとしたカリキュラムを作っていきたいと考えています。 常日頃、教員は担当教科で何をすればよいかは、その教員が実践していますが、縦と横のつながりと連続性のあるカリキュラムを幼稚部から12年生まで積み上げていくには、他ディビジョンで授業を行う「出前授業」は、よいヒントになるのではないかと考えました。また、隣設ディビジョンの出前授業だけでなく、K-12の全体教員研修会での学びの技の公開授業では、例えば9年生から12年生の教員が幼稚部の授業を見学し、幼稚部の頃からこのように「分類」を学んでいるのだと、改めて考えることで、一貫性のあるカリキュラム作成に役立てたいと考えています。
出前授業では、他ディビジョンで教えてみて初めて、「これはまだ無理だな」とか、「これ以上できるな」など分かることがあると思うのです。余談ですが、今回、出前授業を実践した教員の多くは、「これ以上いけるな」という感想をもったと思っています。「出前授業」は、どのように具体的にカリキュラムを作っていこうか、どの学年でどういう思考ツールを使わせようかなどを考える、非常に有効な機会になったと思います」。