"LED"で育てる新しい農業のかたち
学術研究所生物機能開発研究センター
農学部生命化学科 渡邊博之教授
かつてない人口の増加にともない、
近い将来、世界中で深刻な食料不足が起こると予測されています。
「新しい農業を確立し、人類の危機を救いたい」。
渡邊教授が挑む夢は、人類の未来を左右するものでした。
きっかけはスペースシャトルとともに
史上2人目の日本人宇宙飛行士、毛利衛さんがスペースシャトル・エンデバーで宇宙に飛び立った1992年。当時、一般企業に勤めていた渡邊教授は、新しい農業のあり方を模索していました──
渡邊教授: 「宇宙では食料の確保は大きな問題。当時、LEDを光源とした作物栽培は、宇宙での食料確保の方法のひとつとしてNASAを中心に研究がはじまっていました。波長を制御しやすいLEDで特定の波長を植物に照射すると、土もいらず省スペースで効率的な栽培ができるからです。しかし、それは地球の食料問題を解決するひとつの方法でもあったのです。そのときから、“LEDによる植物工場”の実現へ向けて、私の研究がはじまりました」
悪化する食料問題と立ちはだかる壁
世界の総人口、68億人。その数は今後も増え続けます。あと10年か、15年か…そう遠くない将来、食料は確実に不足すると予想されています──
渡邊教授: 「環境や資源の問題が世間で大きく取りざたされていますが、食料不足はもっと緊急の、そして生死に直結する問題です。効率的で安定した食料供給システムの確立は急務。LEDによる植物工場は、そのひとつの方法として有効なのです」
しかし、実現には“コスト”という大きな壁が待ち構えていました──
渡邊教授: 「研究を開始したころ、周囲の反応は冷ややかでした。LEDはコストが非常に高く、一般的な農家ではとても導入できません。しかし、実現の可能性を探るため、企業を退職した私は玉川大学に移ったあともこの研究を続けました」
世界初のLED水冷技術で植物工場の実用モデルを完成
その後、徐々にLEDのコストは下がってきましたが、実用レベルには至りません。ネックは“発熱”の問題でした──
渡邊教授: 「光を発する際に出る熱でLEDは劣化し出力が落ちる。この問題を解決しなければ、コストダウンは望めません。そこで、LEDのチップをアルミの基盤に接着し、水冷式の冷却装置でLEDチップの温度を下げる“ダイレクト水冷システム”を世界で初めて開発。ハイパワーで10年間使用しても90%の出力を保つことに成功し、LEDの交換コストを大幅に軽減できる実用モデルを完成させました」
植物工場の実現。夢はさらにその先へ
玉川大学では、2010年3月に植物工場研究施設を備えた“Future Sci Tech Lab”が完成。実用化に向け着々と研究は進んでいます──
渡邊教授: 「研究を重ね、2~3年後の実用化をめざします。もっと農業を身近にして、企業が農家を経営し、農学部出身の若い技術者がそこへ就職できるシステムを確立したい。それが、日本の農業の国際競争力を高め、ひいては世界の食料問題解決への第一歩になればいいと思います。将来的には植物にワクチンなどの医療成分を組み込み、LEDでうまくコントロールして育てる“食べる薬”の開発も考えています。そしてもう少し遠い未来には、宇宙で作物を生産できるシステムを完成し、人類の宇宙進出の夢にも貢献できれば最高ですね」