科学するTAMAGAWA 80年以上にわたるパイプオルガンの伝統
玉川学園創立わずか2年後の昭和6年に、創立者・小原國芳は、
当時日本に数台しかなかったパイプオルガンを購入しました。
それは全人教育の実現に、欠かすことのできない教材だったのです。
それから80年以上経った現在も、
玉川学園にはパイプオルガンの伝統が連綿と息づいています。
全人教育の実現のために
玉川学園には2台のパイプオルガンがあります。そのうち現在礼拝堂に置かれている1台は、学園創立2年後の昭和6年7月25日に設置されたもの。当時、日本には中古のパイプオルガンが数台あるのみで、音楽学校ではない玉川学園に新品のパイプオルガンが導入されるというのは、画期的な出来事でした。
その背景にあったのが、全人教育を提唱・実践した創立者・小原國芳の熱意です。人間形成のために広い意味での宗教心を持たせたいと考えた國芳は、宗教教育にはパイプオルガンは欠かせないという信念から、当時世界一と言われていたアメリカ・キンボール社のパイプオルガン(以後「キンボールオルガン」)を購入したのです。
それから80年以上経た現在も、玉川の丘には日々の礼拝や芸術学部の実技の中で、パイプオルガンの音が響いています。そこで今回は、オルガニストで芸術学部パフォーミング・アーツ学科の中村岩城准教授に、玉川学園のオルガンの特徴や宗教とオルガンの関係について、そして、玉川大学におけるオルガン演奏の指導についてお話を聞きました。
玉川学園の2つのパイプオルガン
「昭和6年の当時に新品のパイプオルガンを導入したということは、本当に素晴らしいことだと思います。また、このキンボールオルガンには、一般的にはあまり見られない『チャイム』がオプションとしてつけられています。この点からも、『この丘の上からチャイムの音を響かせたい』『本物に触れさせたい』という創立者の熱い思いが感じられます」と中村准教授は話します。
このキンボールオルガンは、第2次世界大戦の混乱で保守もままならない時代をくぐり抜け、さまざまな補修をしながら今に至っているといいます。「近年では平成23年の東日本大震災で大きな被害が出ました。そこで、平成24年に礼拝堂の修繕に合わせてパイプオルガンをオーバーホールすることになり、パイプをすべて外して土台から作り直すなど大がかりな補修を行いました。大部分の部品は新しいものに変わっていますが、パイプのほとんどは昭和6年当時のものが使われていますし、パイプの音色も当時のものにできるだけ近くなるように補修してきました。現在は礼拝堂の壁に漆喰が塗られたことによって、改修前より音が響くようになり、オルガンがより演奏しやすい状態に保たれています」。
また、現在チャペルに設置されているもう1台のパイプオルガンについて、中村准教授は次のように説明します。「『玉川学園に新しいパイプオルガンを』ということで、昭和53年に同窓会募金によって献納されました。日本のオルガン建造家・辻 宏 氏の製作で、元々はキンボールオルガンに替わるものとして礼拝堂に設置されていました。しかし、礼拝堂には昔からあるキンボールオルガンの音がよく合うという意見があったようで、現在ではチャペルに移設されています」。
この2台のパイプオルガンは、まったく違うタイプのものだと中村准教授。「辻オルガンは、バッハなどのバロック音楽の演奏に適した『バロックオルガン』で、キンボールオルガンは、ロマン派音楽を演奏するのにふさわしい『ロマンティックオルガン』です。現在の主流はこの2つのタイプを合わせたような特性を持つ『ネオバロックオルガン』というものです。それぞれの特徴を持つパイプオルガンを2台設置しているのは珍しく、玉川学園ならではの特徴となっています」。
キリスト教におけるオルガンの役割
中村准教授は、幼い頃から教会などでオルガンに親しんできた経緯もあって、オルガニストを志したとのことです。「私の名前の『岩城』というのも、聖書の詩篇18篇2節『主はわが岩、わが城、わたしを救う者……』から採られました。そういう家庭に育ったので、オルガンには特に馴染みがありました」と中村准教授は話します。
「ただし、オルガンはペダル操作の必要性から、最低でも150cmくらいは身長がないと弾けません。そこで幼い頃はピアノを習っていました。オルガンに転向したのは高校2年の11月。当時ピアノ人口はとても多く、競争が激しかったのですが、オルガンは比較的やる人が少なくて、穏やかに勉強に集中できると思ったことと、ちょうどオルガンを教えていただける先生に巡り会えたことがきっかけでした。高校3年生くらいからは教会でオルガン奏楽も始め、その後は玉川大学へ進学しオルガンを専攻。現在はパフォーミング・アーツ学科でオルガンの演奏法をはじめ、ソルフェージュ等の指導にあたっています」。
中村准教授によると、オルガンはキリスト教の教会とともに発展してきた楽器だといいます。「その理由の一つは、音を持続的に出すことができるというオルガンの特徴によります。それは、神を賛美することの持続性につながるからです。さらに、オルガンは誰が弾いてもある程度同じように音を出すことができる。したがって、誰でも同じように神を賛美できるということも理由の一つです。また、オルガンはパイプの高さで音が変わります。つまり、数学的な長さの概念と音の高さの概念を、パイプを使って目に見える形で説明できるのです。中世以降のヨーロッパで学問の基本とされ、キリスト教とも関連が深いリベラルアーツ(自由七科=文法学・修辞学・論理学・算術・幾何・天文学・音楽)のうち、クワドリヴィウム(四科)における音楽を体現する楽器でもあったわけです」。
こうした背景を持つオルガンを礼拝で演奏する際には、中村准教授は特に注意していることがあるといいます。「礼拝におけるオルガン演奏は、自己表現の場ではありません。あくまでもプロテスタント教会の礼拝は、聖書を通じて神の言葉を取り次ぐ「説教」が主であり、選曲も演奏も、その時々の気候や天候を考慮した上で、説教が聞きやすいように配慮をしています。玉川大学では1年次の秋学期に5回礼拝を行いますが、その際も上記の点に注意した奏楽を心がけています」。
学生の個性を引き出すオルガン指導
現在、パフォーミング・アーツ学科では4人の学生(4年生1人、3年生1人、1年生2人)がオルガンを専門実技として学んでいます。これは、現在、全国的に見て比較的多い数だそうです。「実は、オルガン奏者の人口はとても少なく、音楽大学でもオルガンを専攻する学生がいないこともあります。玉川大学でも、最初からオルガンを専攻しようと入学してくる学生は多くはありません。しかし、ある程度ピアノを弾くことができれば、入学前にオルガンの経験がなくても学んでいくことはできます」と中村准教授。
また、オルガンのレッスンでは、学生の個性をできるだけ引き出すことを重視していると中村准教授は話します。「演奏家の仕事とは、作曲家が作品に込めた意味を読み取り、そこに自分が感じていることを加えて、演奏を通して聴く人に共感してもらうことだと考えています。ですから、自分が作品をどう感じ、それをどう表現するのかという個性が大切なのです。同時に、作曲家や作品について調べたり、調べたことを読み取る力も大切ですから、その点も意識して指導しています」。
さらに中村准教授は、卒業後も自分で学んでいける力をもった学生を育てたいと語ります。「特にオルガンは操作が複雑なため、ある程度きちんと演奏できるようになるためには、卒業後も10年くらいの経験が必要です。ですから、自分で学んでいく力がとても大切なのです。また、音楽以外の道に進む学生でも、大学で学んだこと、大学で培った芸術的センスを活かして仕事をしてほしい。自分の力が仕事にどう活かせるかを自分で考え、それをきちんと人に伝えられるようになってほしいと思います。そのために、レッスン後に自分の将来に対する考えを聞き、アドバイスする時間も設けています。実際、それができる学生は就職活動においても良い結果となることが多いようです。今学んでいることと、将来進むべき道が一本の線でつなげられれば、音楽の学習も就職活動も、自信をもって臨めるはずだと考えています」。