【脳科学研究所】世界初!"利他的な罰行使者"と"攻撃的な罰行使者"の存在を明らかにし、両者で脳の形態的特徴に違いを発見-英国の科学雑誌に論文を発表-
玉川大学脳科学研究所(所長:小松英彦)の研究グループは20代から50代までの男女453名を対象にした実験で、規範逸脱者を自分のコストをかけてまで罰する人には、規範を維持しようとする利他的な動機に基づく人と、規範逸脱者に苦悩を与えたいという攻撃的な動機による人の2タイプがいることを明らかにしました。これまでの研究では、規範逸脱者を罰する人はすべてが社会的公正の達成に動機づけられていると考えられていました。また、両者を比較すると、攻撃的な動機によった人たちのほうが大脳基底核にある左尾状核が大きいことを、世界で初めて明らかにしました。この研究の成果は、英国の科学雑誌『サイエンティフィック・リポーツ』に11月12日に掲載されました。
掲載論文名
Behavioural Differences and Neural Substrates of Altruistic and Spiteful Punishment
利他的と攻撃的な罰の行動的差異と神経基盤
<研究のポイント>
- 規範逸脱者を自分のコストをかけてまで罰する人には、公正さの規範を維持しようとする利他的な動機による人と、規範逸脱者に苦悩を与えたいという攻撃的な動機による人の2タイプがいることを明らかにしました。これまでの研究では、規範逸脱者を罰する人のすべてが社会的公正の達成に動機づけられていると考えられていました。
- これら2種類の罰行使者の脳の形態的特徴には違いがあることを世界で初めて明らかにしました。
<実験の成果>
規範逸脱者への罰は、協力的な社会を形成するのに重要な役割を果たしています。これまでの神経科学分野における罰行動研究では、規範逸脱者を罰する人たちは、すべて社会的公正さの達成に動機づけられた利他的な人であると考えられてきました。
本研究の結果は、公正さとは関係のない攻撃的な動機に基づいて罰を行使する人がかなりの比率で存在することを示しており、今後の研究ではこれらふたつのタイプの罰行使行動の背後にある心理・神経基盤を混同するこれまでの研究の轍を避けるべきであることを警告すると同時に、攻撃的罰が社会的公正の達成にプラスに働くかマイナスに働くかという観点からの研究の必要性を喚起するものです。
<研究の概要>
実験は2012年から2017年までの間に複数回行われ、20代から50代までの男女453名を対象に罰行動を測定する2つの経済ゲーム(最後通告ゲームと三者罰ゲーム)(図1)、および利他的行動を測定する4つの経済ゲーム(囚人のジレンマゲーム、社会的ジレンマゲーム、信頼ゲーム、独裁者ゲーム)を実施しました。
《最後通告ゲーム》
参加者自身が相手から直接に不公平に扱われた場合、自分の利益を減らすことで相手により大きな損害を与えるかどうかを決定する課題。提案者が1500円をどう分けるか決め、決定者はその不公平な提案を受け入れた場合は提案金額をもらえるが、拒否した場合には両者ともなにももらえません。
《三者罰ゲーム》
自分とは関係のない第三者同士の間での不公平な報酬分配に直面した際に、不公平な分配を行った人に対して、自分で罰行使のための金銭的コストを負担することで罰を与えるかどうかを決定する課題。3人1組(分配者、受け手、第三者)となり、分配者が1500円を自身と受け手との間でどう分配するか決め、第三者が不公平な分配者を罰するために金額を支払った場合、その4倍の額が分配者から差し引かれます。
本研究では、不公平な分配をした規範逸脱者に対して罰を行使した人には、2つの経済ゲーム(最後通告ゲーム、三者罰ゲーム)での行動の違いから、三者罰ゲームで自分と関わりのない人たちの間での規範逸脱者を罰する人たちと、三者罰ゲームでは規範逸脱者を罰しませんが、最後通告ゲームでは直接自分を不公平に扱った相手に対してコストをかけて罰する人たちがいることを明らかにしました。
また、前者の三者罰ゲームで規範逸脱者を罰した利他的な罰行使者は、罰のオプションが存在しない複数の経済ゲーム(囚人のジレンマゲーム、独裁者ゲーム、公共財ゲーム、信頼ゲーム)において一貫して利他的行動をとる傾向を持つのに対して、後者の最後通告ゲームのみで相手を罰した攻撃的な罰行使者は、他の経済ゲームで一貫して利己的な行動をとることを明らかにしました。
さらに、MRI装置によって脳画像を撮像し、両タイプの罰行使者の脳を比較した結果、利他的な罰行使者よりも攻撃的な罰行使者の方が、大脳基底核にある左尾状核の体積が大きいことも明らかになりました。
<研究参加者>
山岸俊男 特別研究員(一橋大学特任教授)
坂上雅道 教授
高岸治人 助教
李楊 元研究員
松本良恵 研究員
Alan Fermin研究員
清成透子 青山学院大学准教授
金井良太 アラヤ・ブレイン・イメージング代表取締役
資料
図2の横軸は4つの経済ゲーム(囚人のジレンマゲーム、独裁者ゲーム、公共財ゲーム、信頼ゲーム)を通して参加者が示した利他的行動の傾向、縦軸は参加者の人数を表している。参加者は三者罰ゲームのみで罰を行使した人(水色エリア)、三者罰ゲームと最後通告ゲームの両方で罰を行使した人(深い青のエリア)、最後通告ゲームのみで罰を行使した人(赤いエリア)、いずれのゲームでも罰を行使しなかった人(黄色エリア)にタイプ分けされている。図に示されている数字、および縦線はタイプごとの利他的行動の平均レベルを表している。最後通告ゲームのみで罰を行使した人(赤いエリア)と三者罰ゲームで罰を行使した人(水色のエリアと深い青のエリアの合計)では、利他的行動の平均レベルが異なることが見て取れます。
図3の左は利他的な罰行使者と攻撃的な罰行使者との間で差が見られた左尾状核の場所を示しています。図3の右は罰行使者タイプごとの左尾状核の体積の平均値を示しています。